前橋に引っ越して2年目の夏。
コロナ禍で色々な制約もあって、
子どもの時間を大切にすること、
家事と仕事をなんとかやりくりすることに終始した。

特に書くとすれば、生まれてはじめて カブトムシ を飼ったこと。
子どもが友人宅から持ち帰ったカブトムシの幼虫が成虫になり、
朝晩の昆虫ゼリーをたべさせたり、
飼育器の地面をふかふかにしてあげるために森で枯れ葉やおがくずを集めたり、
夜中に交尾したり飛ぶ練習をしたりするたびに起こされたり。

メスの取り合いをするオスや
力づくで「獲得」したメスをオスがどうするかなど
未文明の社会の構図も目の当たりした。
子ども以上に、カブトムシの様子を仔細に観察していたので、
家族によく笑われた。

闘いに敗れ弱って死んでしまった オスのカブトムシ をお墓に埋めたお盆過ぎ、
毎晩羽を震わせて飛ぼうとする残ったカブトムシをみかねて、
森に逃がしにいった。

エサは自分で採れるだろうか……、
カラスにたべられないだろうか……、
心配だったけれど、飛べる環境においてやる方がきっと幸せだと信じて。

数日後、逃がした場所に観に行ってみたけれど、
もうカブトムシの姿はなかった。

          ★

この夏、小学生のころ愛読していたズッコケ三人組の作者、
那須正幹さんがなくなったことを知った。
読売新聞掲載の島本理生さんの追悼文で
紹介されていた那須先生の『The end of the world』を手に取った。

人間がいずれかならず死ぬことと、生きる希望を持つことはけっして矛盾しないということが、ラストシーンに込められていた。(島本理生さん)

作中の主人公は、絶望的な状況のなか、
声を聞いただけの女の子に会いに行くという希望を持つ。
世界が終わりに近づいていて、必ず死ぬことは避けられないとしても、
そのことと、希望をもって生きることは矛盾しないことを教えてくれる。  

           ★

カブトムシ が夏の終わりに死ぬことと、飛びたいと希望を持つことは矛盾しない。
わたしたちがかならず死ぬことと、ささやかな希望を持つことは矛盾しない。

飛んだこともないのに飛ぶ練習ばかりしていると、
「きっとうまくいかないよ」とか、
「キミには無理だよ」とか、
「それにどんな意味がある?」とか、
心配をして忠告してくださることもあるけれど、
それでも夢や希望を持つこと自体が、やはり生きることだと思う。