9歳の次男が、ある日突然「ぼくってバカなのかな」といった。
最初は笑ってやり過ごした。そんなことないといったと思う。
でもそのうち、「死にたい」と言い出すようになった。

彼の変化に驚き、手当たり次第に本を読んだ。専門家にも相談した。
しかし、どんな本にもどんな人の回答にも、正解はないように思えた。どうしてこうなった? 親として何がしてやれる? 親子で暗い洞穴に落とされた気がした。

そんな折、「10歳の壁」というものがあることを、山内康彦先生の講演で知った。山内先生は、ご自身も自閉症の特性を理解されず苦しんだ経験をお持ちで、現在は発達障害児に対する支援や講演会を積極的に行っていらっしゃる、発達障害教育の専門家だ。

「10歳の壁」とは、知的に遅れのない自閉症の子どもがまわりのことがわかるようになってくる10歳になって突き当たる壁のことだ。
周囲の自分の評価に気がつき、苦しむのが10歳ごろなのだそうだ。ちなみに、定型発達の子どもは4~5歳でまわりのことがわかるようになるそうである。

山内先生は、次のような例え話をされた。

出木杉やしずかちゃんなら、スネ夫やジャイアンのところにいっても、いじめられない。でも、のび太はスネ夫のところにいっても、ジャイアンのところにいっても、いじめられる。しずかちゃんだけはいじめない。だから、敵と味方を分ける。

このお話を聞いたわたしは、講演会中にもかかわらず、あふれてくる涙を止めることができなかった。

次男は、あいつは敵で、こいつは味方というように、敵味方を認定してしまうところがある。この思考を、なんとか辞めさせたいと感じていた。彼の世界を狭めてしまうから。でも、彼の役回りはいつものび太で、ジャイアンやスネ夫にいじわるされたりからかわれたりする。しずかちゃんなら、安心して一緒にいられる。敵味方の区別は、彼にとって、厳しい現実を生きぬくための知恵なのだ。

このことを初めて知った。

生まれたときからずっと、大きな声でよく泣いた。泣けば与え、なんとか泣き止ませようとしてきた。赤ちゃんの頃はそれでよかったかもしれない。彼は小学校にあがっても、泣きわめいたり大きな声を出してなんとか自分の思いを通そうとした。泣き止ませるためにただ与えることは、もうできない。涙をふいて彼自身の力で、つかみとっていかなくてはいけない。

「笑顔をみたい」「笑っていてほしい」
生まれてから今日まで、彼に対する変わらない思いだ。ある程度の年齢までは一緒に人生を走ってやれる。でも彼が死ぬまで一緒に生きてやることはできない。どんなに苦しくても、本人がなんとかするしかない日がやってくる。

「受け入れ、認めてくれる周りの大人を増やしなさい」
”のび太”である息子に山内先生がアドバイスしてくださったことだ。
周りの子どもに息子の特性を理解してもらうことは難しい。しかし、大人なら理解してくれる。

のび太は、大人になったジャイアンやスネ夫とならうまくやっていける。

いくつか、息子を受け入れ、応援してくださる場所を見つけた。これからも応援してくれる人や環境を探し続けよう。わたしがいなくなったあとも、しっかりと自分の人生を歩めるように。過去はもう振り返らなくていい、一緒にいられる今日一日、いまこの瞬間の手触りを、感じていきたい。

※山内先生のご講演の内容はご著書「「特別支援教育」って何?」でも触れることができます。平易で分かりやすい文章なので小4の次男も興味深く読んでいました。

(写真は、子どもとドライブした赤城山麓の畜産試験場付近)