色々なご縁をいただき、とても忙しくさせていただいています。ありがたいことです。
15歳のとき、誰かの主張を代弁する弁護士になりたかったわたしが、誰かの言葉を代弁するライターという仕事をさせていただいているということに最近気がつきました。本当にありがたいなと思いました。

以前も書いたことがあるかもしれませんが、20歳のとき、司法試験の勉強が上手くいかず、体調を崩して入院したことがありました。その病院のベッドの上で、40歳まで生きられるのかなとぼんやり思ったことなどを思い出しました。そのときから考えたら奇跡のように今日まで年を重ねることができました。40を超えた現在、自分としての生はまっとうしたのではないかと感じています。この先の人生は誰かの幸せのために存在したく、本当に自分の言葉が誰かのお役に立てたなら、自分の人生としては充分なのではないかと思います。

スペックが低いので、たくさんのウインドウを開きすぎると脳みそがフリーズしてしまいます。できる限りウインドウを開きすぎず、できることをひとつずつやっていきたいと思っているのだけど、なかなか一つのことだけをやっているわけにはいきません。
仕事も3~4つくらいの皿をうまくまわさなくてはならないし、自分で決めた課題もこなさなくてはならないし、家事・育児・地域どれもちゃんとやらないと周りに迷惑をかけてしまいます。

11月はどうしようもなく出張が続いて、わたしにとっては完全にオーバースペックでした。大切なものをなくしたり、名刺が切れたり、大切にしなくてはならないお一人お一人との対応で反省すべき点が多々ありました。巻き戻せるなら巻き戻したい失敗もいくつかしてしまったので、これから挽回するしかないです。(はぁ。)

話は変わりますが、久しぶりにお目にかかった方から「最近なんかありました?」と結構ツッコまれ、「???」ということがありました。あとから考えて、なるほどこのブログに書いたあれこれが想像を掻き立てるのかもしれないという思いに至りました。広告であってもジャーナリズムの記事であっても当然ながら事実に基づいて書いていますが、このブログに書いたことは創作の習作もあったり、そのとき読んでいた本の影響もあったり、昔話を現在形で書いていたりしますので、そのあたりはリアリズムを追求しないで読んでいただきたいです。

最近周りの人に「ものすごい天然」という指摘を受け、それでも面白がってもらえて救われる一方で、あらためて自分という存在について考え(悩ん)だりもしました。
縁もゆかりもない大阪に来て2年、長年暮らした土地ではない場所では人間性は「人物そのもの」ではなく、その「行動」で判断されるものなのだ、という当たり前の事実について考えたりもしています。

はやいもので今年も残り1か月となりました。自分に課した課題をなんとかやり遂げたいと思っております。皆さまも大変お忙しい時期かと思いますが、くれぐれもご健康に留意され、公私ともにご活躍されますことを心よりお祈り申し上げます。