(提出課題・適宜見直しします)

織田信長にゆかりの深い岐阜城を頂く金華山と、鵜飼で有名な長良川から北へ5キロほど、岐阜市北部で生まれ、高校卒業まで暮らした。実家は山肌を開墾した柿畑の中にある。すぐ隣の山には古墳時代に作られたとされる古墳群があり、山中に古墳が点在していた。(高校1年のときは郷土研究部に所属していて、年中行事などの風俗の取材の他、古墳も廻った。部活の顧問の先生は私たちが卒業した後、教育委員会で岐阜城の発掘調査に携わっていらっしゃった。2年になって生徒会や勉強が忙しくて部活を辞めてしまったことは今も悔いていることのひとつ)

小学校の頃は古墳のひとつである岩戸のような大きな岩の隙間に秘密基地を作った。秘密基地では友人と集まったり、木にロープを括り付けたブランコで遊んだりした。家では飼ってはいけないといわれた捨て猫を匿ったこともあった。けれど、頻繁に家から牛乳などの食べ物を持ち出して秘密基地で待つ猫のもとに運んだため、数日のうちに父に見つかってしまった。結局、猫は近所の知り合いに貰われていった。(実家ではすでに犬2匹、モルモット2匹、インコ、カナリア、アヒル1羽ずつ、増え続けるウサギの家族を養っており、キャパ的に無理だったし、犬と猫は仲が悪いことが多々あり、犬と猫の喧嘩に巻き添えを喰って何針も縫う大けがをしたこともあるので飼えない理由は納得していた)

登山用に整備された山道と違い、実家の裏の雑木林に道らしい道はない。しかし、目を凝らすと雑草と雑木が密集した中に割れ目がある。山に生息するイノシシやタヌキが作ったけもの道だ。管理のために山に立ち入る祖父や父もけもの道を使った。秘密基地へ行くのにわたしや友人もその道を使った。

けもの道を使って雑木林を抜けると岩肌の剥きだした岩山があった。そこをわたしたちは「ハゲ山」と呼んだ。雨が降ると沼になる窪みも遊び場所だった。雨の日にはアメンボウがどこからともなくやってきて水面をスケートしていた。むっとするような青々しい草やその草を這う虫たち。自然の中にいるとき、生き物の存在を間近に感じた。

雑木林のけもの道は変わらずあるはずなのだけれど、久しく山登りはしていない。アメンボウの沼のできるハゲ山は、ずいぶん前に埋め立てられ、アスファルトの駐車場になった。

故郷も時代と共にかわっていく。それでもわたしのなかにある秘密基地はいつまでも色あせていない。