敬愛する田辺聖子さんの訃報は本当に残念だった。せっかく関西にいるんやもの、田辺聖子さんにいつか、あわよくば取材できたらええなぁと思っていた。それが叶わぬ夢となってしまった。
人生には遅すぎるということはない、という言葉があるけど、私が見たところ、遅すぎることの方が多い。機会を永遠に失うこともある。

おせいさんの小説の名言を大切にメモ。思い出したらまた追加したい。

世間を知る、ということは、人間の言葉の裏をひっくり返して見る、ということかもしれない。『むかし・あけぼの』

ゆるした、といったならば両者の糸が切れてしまい、それはむしろ、憎悪していることである。
ゆるさない、というのは、愛が続いていること、いや、前にも増して強く引きあっていることではあるまいか。『夢の菓子を食べて』

初老の男もみずみずしい恋をする。しかし若者の恋と違うところは、若い女の将来を思い、みずから身を引く理性があることだ。『セピア色の映画館』

田辺聖子さんは大阪弁でサガンのような都会の退廃的で遊戯的な恋愛小説を目指した。そのサガンはプルーストを愛読した。【※悲しみよこんにちは(サガン)p161】すなわち、プルースト→サガン→田辺聖子という文脈があり、聖子さんの小説のなかにもプルーストの視座、つまり中年男性の恋愛観が受け継がれていると感じる箇所がいくつか。

子どもの頃に犬や猫などの動物を飼えば、「愛される」ことだけではく、「愛する」ということを自然に覚えるのと同じで、「好きになる」ということも教えたい。好きな歌、好きなダンス、好きな色彩、好きな人、そういうものがどんなに子どもたちの心をゆたかにすることか。『夢の菓子を食べて』

(写真は店舗の照明を利用したレフ板効果)