触れてしまってから、喉の奥に挟まった小骨のように、いやいや小骨なんかじゃなく、もっと大きくて重いものを咀嚼しきれず胸にとどめている。先月話題になった上野先生の東大入学式の祝辞で引用された事件。

東大工学部と大学院の男子学生5人が、私大の女子学生を集団で性的に凌辱した事件がありました。加害者の男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。この事件をモデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女は頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマに学内でシンポジウムが開かれました。「彼女は頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者の男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大の男子学生が社会からどんな目で見られているかがわかります。引用元: 平成31年度東京大学学部入学式 祝辞

それでうっかり東大内で行われたシンポジウムの司会を務められた、小島慶子さんの言葉に触れてしまい、涙が止まらなくなった。

この傲慢で残酷な態度に触れたことが私もある。それもそうなんですが、さらに次の指摘。

小島さんの指摘は、事件後、被害者を「勘違い女」とバッシングした「世間」とリンクしている。私の中にも抗いがたく横たわっているだろうまなざしを自覚して引き裂かれる。さらに小島さんが上記ツイートの最後で紹介している、ブックトークで質問した清田さんが書いた記事。

記事より一部抜粋。

美咲は、繰り返し「ふつう」という言葉で形容される。確かに平凡な女子大学生かもしれない。難関と呼ばれる学校に通っているわけではないし、グループにいても目立つポジションでもない。全体的に受け身で、人目を引くような大きな胸をしているが、自己評価は低く、恋愛経験に乏しい。

そんな、どこにでもいそうな「ふつう」の女の子が、いつか白馬の王子様が現れることを夢想して何が悪いのか。夢に見たようなシチュエーションが現実に訪れ、恋に落ちた相手と流れに身を任せてホテルへ行ったとして、何が悪いのか。

出会った相手がたまたま東大生で、その頭の良さに尊敬の眼差しを向けたとして、何がおかしいのか。好きな人に嫌われることを恐れ、相手の無茶な要求に応えようとしたことの、何がおかしいのか。それがなぜ東大生ブランド目当てという「下心」になってしまうのか。

偶然手にしていた、新潮45(2016年11月号)に掲載された傍聴ライター高橋ユキさんの寄稿文で事件の詳細を知った。

誌面に載っている「東大生」たちの被告人質問での証言。

「私の女性観ですが、(近づいてくる女性は)個人的に私を好いてくれるのではなく、下心があって近づいているのではないかと。そういう人たちに対して苦手意識、軽蔑する気持ちがありました」

「仲間の間で女性をモノ、性の対象として人格を蔑んでる考え方が根本的にあったと思う」

自分が女性として生きてきた歴史とも関わる深い問題でコメントは難しい。時間をかけてじっくり咀嚼していきたい。

以下は無関係かもしれないけどライター的情報収集のためのメモ)
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1806/29/news124.html
https://charitsumo.com/interview/7385