先日、記事執筆のため大学の恩師にお目にかかった。取材というよりは論文指導に近く、要点を指摘したうえで、参考書籍を提示してくださった。

うつと責任能力、精神鑑定の参考書籍は以下の2点

先生の監修された法律時報も手に取った。

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学会前のお忙しい時期でゆっくりお話はできなかったけれど、相変わらずで懐かしさがにじんだ。変化といえば以前より研究室の蔵書がずっと増えていたことと、話の合間の先生の口癖だった「あのその」という言葉はもうなくて、「なるほど?」という言葉に代わっていたことくらいでしょうか。

はじめて先生にお目にかかったのは大学1年生の刑法総論の講義。ときどき(三重出身のエセ関西弁と自嘲されていた)関西弁で茶化しながら解説される刑法にわくわくした。先生から分厚い文献をきれいにコピーするコツを教えてもらったことなど鮮明な彩りをもって思い出せる。3年から必修になる学部のゼミに2年生から参加させてもらったりと、我ながら熱心な学生だった。ソフトボールサークルもはじめの数回参加しただけ、コンパ(←古語)も参加した記憶はない。2年生から司法試験予備校に通い、司法試験の勉強を始めたころから記憶は色彩を欠いてくる。法学部のサークルに入ったり司法修習生のゼミに出るようになったりしたころ思い出すのは北陸の冬特有の今にも落ちてきそうな曇天だ。

大学を卒業してからは名古屋の司法試験予備校で勉強した。強い焦燥感を抱きながら勉強していて苦しかった。つまりは多くの人が青春を謳歌するであろう19歳~20代半ばすぎまでずっと法律の勉強をしていたわけで。法律を離れてから法律のあれこれについて、思い出すには苦すぎた。このことと法律とまったく無関係なエステの世界に飛び込んだことは私の中では順接で繋がっている。

今回恩師に再会し、法律書を手に取ったとき、あの砂をかむような真っ暗で長い長い時間は何かの役に立つのかもしれない、役に立つといいな、役立ちますように!と思った。