数か月前のことですが、国際日本文化研究センター教授の井上章一先生の「大阪的」著者インタビューを担当しました。

そのとき「著書には書かなかったけれど」という前置きで興味深いお話を伺ったのでした。(下書きに数か月入ったままになっていました)

「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊」

西南戦争の時に生まれた「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊(くれんたい)」という古いわらべ歌があるそうです。

旧日本軍の時代、京都の九連隊と大阪の八連隊の兵隊は商人や町人で結成され算盤より重いものを持ったことのない柔媚軟弱の弱卒であるという風評が。それを大阪の子どもたちは上記のようにわらべ歌にして手毬をつきながら歌ったのだそう。

本当はどこよりも強く勇敢だった、という話もある一方で、いかんせん大阪のブルジョアには兵隊なんて向いていなかったという話もあったり。真偽のほどはうかがい知ることができないところです。

しかし、井上先生は自分たちが馬鹿にされたことをわらべ歌にしてしまう、その頽廃的な精神が素晴らしいとおっしゃっていました。

私自身大阪に一年以上住んでみて、笑われたことも面白がってしまう、なんでも面白がれる、底知れぬ図太さがこの街の人々にはあり、それはどこにもないこの街の強さである、と感じています。

話は変わって、昨年度編集長を務めた小学校のPTA広報誌が大阪府広報誌コンクールで入賞したとの嬉しい連絡が届きました。
メンバーから奇抜なアイデアがたくさん出てそれをことごとく記事にし、よい記事にするためにさらに容赦のないツッコミが入り……。そんな風にチームで作り上げるのも楽しかったし、校内のみならず他校の方にもわたしたちの広報誌のことを話題にしてもらったりと市内での反響があり、こういうやり方をすれば一定の成果が得られるのだ、という手ごたえを感じました。

この手ごたえを言語化しておきたいのですが、
大阪的には

笑われてなんぼ

あるいは、

破れかぶれ

みたいな感じになってしまうのかもしれません。←全然言語化になっていない。

備考)歩兵八連隊記念碑