自分の筆力が足らないと自覚しながらも、年末に向かって出さねばならないものをいくつか出しました。その中の能楽の論文(エッセイ)について備忘録。

世阿弥の人となりや風姿花伝については多くの書籍があります。が、なぜ能に必ず幽霊が出てくるのだろうという問いに答えてくれる文献になかなか出会えず、なかなか時間がかかったのですが、そこでは複式夢幻能についての理解が欠かせませんでした。

夢幻能とは、

能の分類の一。普通、前後二場に分かれる。亡霊・神・精霊など、超自然的存在の化身(前ジテ)が旅人(ワキ)の前に現れて、人の身の上や、その地の故事を語り、自分こそはその人(神・精霊)であると述べて消え、後場で本体を現すという型の曲。多くワキの見た夢や幻という設定であるところから命名。 (大辞林 第三版)

辞書的にはこんな風に説明されているのですが、この定義では世阿弥の意図したものは全く説明できていません。
複式夢幻能についての理解は以下の3冊より。

複式夢幻能の形式で作られた小説に、夏目漱石の草枕や夢十夜があります。草枕は学生の頃に読んで漱石の他の小説に比べて全然楽しめなかった記憶がありますが、複式夢幻能について理解した後だと、とても面白いです。

能を理解しようとすれば日本文学史の文脈も理解せねばならないことも強く感じました。少しずつ深めていきたいと思います。

もう一つ、はてしないお茶物語の朝宮の記事もお茶の栽培についてなど苦しみながら書きました。どうしても説明が多くなってしまい、面白さ、奥深さが伝えきれていないなぁと反省しています。が、多田さんが素敵なコメントを寄せてくださっています。ぜひご覧いただけましたら幸いです。