父の育児日記の「間」

引っ越しを前提とした生活を10年続けていると、ものは極力減らすようになるものですが、それでも引っ越しの荷物に入れてある宝物の一つに、父が書いた私の育児日記がある。
書かれているのは、私が生まれた日から結婚式の前日まで。日記の初めの頃は毎日母が体重などの成長を綴っているのだけど、母は私が小学生になったあたりで完全にリタイアして、その後は主に父が引き継いでいる。それでも成長とともに間隔があいてくる。小中学生では一か月とか数か月ごと、高校生になってからは半年か数年に一度、大きな出来事があった時だけ書かれている。
子供の頃は他愛もない少女の一日が綴られているのだけど、大人になってからの父の日記はあえて綴られていない出来事に気が付く。つつがなく育っているはずの娘の、あえて綴られなかった出来事について父と私だけが知る「間」。前の行との間にどのようなことがあろうとも、間をおいて、また、新しい1行がすとん、と入れられる。接続詞で繋ぐこともできないものが「間」によっては繋げられてしまう、間のすごさ。

能楽の寸止めの美学

現代に生きる私たちには、朝から晩まで「間」がない。「ながら族」はもう死語かもしれないが、「〇〇しながら」というのは現代人の必須スキルである。
どんな人もとかく忙しく、秒刻みで1日をなんとかやり過ごすほかないようにできている。
ところが、能を観に行くと、現代劇、テレビドラマや映画であれば「この間はなんやねん」とクレームが付きそうなほどの「間」がある。
寸止めに美学があり、観客は意識的に作り出された「間」の存在そのものを感じることが大切のよう。能に惹かれるのはそんな「間」に惹かれているのかもしれません。

劇団地点「ワーニャおじさん」にみる台詞の「間」

そして、先日観劇した劇団地点の「ワーニャおじさん」である。
能は650年前に書かれた古い台本ですが、チェーホフの「ワーニャおじさん」も十分古く100年前の古典。
ところが、劇団地点の演出にかかると照明、音楽、衣装に至るまで、とにかくセンスがよく、現代的である。
そして、何より言葉の「間」の作り出し方。元の台本と同じセリフでありながら、全く違う印象を受ける。にもかかわらず、元の台本よりもその情景がよくわかるという不思議。
同じ言葉でも、言葉のリズム、間、によって言葉の軽やかさ重さがこんなに変わるんだなとただ圧巻。

ワーニャ伯父さん、生きていきましょう。長い長い日々を、長い夜を生き抜きましょう。運命が送ってよこす試練にじっと耐えるの。安らぎはないかもしれないけれど、他の人のために、今も、年を取ってからも働きましょう。そしてあたしたちの最期が来たら、おとなしく死んでゆきましょう。そしてあの世で申し上げるの、あたしたちは苦しみましたって、涙を流しましたって、つらかったって。すると神様はあたしたちのことを憐れんでくださるわ、そして、ワーニャ伯父さん、伯父さんとあたしは、明るい、すばらしい、夢のような生活を目にするのよ。あたしたちはうれしくなって、うっとりと微笑みを浮かべて、この今の不幸を振り返るの。そうしてようやく、あたしたち、ほっと息がつけるんだわ。「ワーニャ伯父さん」アントン・パーヴロヴィチ チェーホフ (著), 浦 雅春 (翻訳)

働く時の間

先日子どもと読んだミヒャエル・エンデの「モモ」の一節。

でもその掃除のしかたは、もういぜんのように、ひと足すすんではひと呼吸、ひと呼吸ついてはほうきでひとはき、というのではありません。せかせかと、仕事への愛情など持たずに、ただただ時間を節約するためだけに働いたのです。彼には、苦しいほどはっきりとわかっていました。こういう働き方をすることで、彼はじぶんの心のそこからの信念を、いやこれまでの生き方ぜんぶを、否定し、裏切ったのです。それを考えると彼はじぶんのしていることがたまらなくいやで、吐き気がしそうでした。もしこれがじぶんだけのことだったら、じぶんじしんを裏切るくらいなら、むしろ餓死する方をえらんだでしょう。でもこれはモモのためなのです。モモの身代金を払わなくてはならないのです。そのためには、こうやって時間を節約することしか、彼にはできないのです。「モモ」 ミヒャエル・エンデ(岩波書店 1976) 224p

読みながらほとんど泣いていました。「モモの身代金」は「家族の生活費」にそのまま置き換えられる。
自分の仕事を愛することと自分のリズム(間)を大事にすることは同義。(とはいえ、仕事や勉強はゆっくり急ぎながら丁寧に行っていきます!)

蛇足

全然わからないお能を少しでも分かりたくて始めたお稽古。先日、その練習発表会がありました。鶴亀の独吟と玄象の仕舞。
お能のお稽古ってどんなの?と聞かれるので、恥ずかしいですが載せておきます。(動画の縦横は変えられず涙)

<参考>
劇団地点 ワーニャおじさん