思い立って、内部の一般公開が始まった太陽の塔へ。(とはいえ、2018年6月現在、当日思い立って行っても入場できないのでご注意ください。私は10日前に思い立って予約サイトを確認したら平日の夕方1名分だけ空きがあった)自宅から予想以上に近く、電車を乗り継いで30分足らずで万博記念公園駅に到着。モノレールの駅からもそびえ立つ太陽の塔が見える。

今回48年ぶりの一般公開は「復元」ではなく、「再生」。
修復や復元されたものもあるが、すべてが当時のままではない。
多くが万博終了後に解体され、行方不明となっており、観られないものも多かった。幻となった原爆展示(※平野暁臣「太陽の塔」p86-87)がなく残念…。デザインの斬新さやスケールの大きさは今の私たちが観ても「これが48年前に展示されていたのか!」と思うものも多く、当時の人々の熱狂は十分理解できた。太陽の塔の内部の観る、ということに圧倒的な価値があるし、スケールの大きさに素直に感動した。これからの大阪観光の一つとして、ぜひおすすめしたい。

70年の大阪万博のテーマ「人類の進歩と調和」と生命の根源である太陽という矛盾をどう理解したらよいかについて。平野暁臣「太陽の塔」で紹介された太郎の言葉、

”反博?なに言ってんだい、一番の反博は太陽の塔だよ”

という言葉で納得する。

また、平野暁臣「太陽の塔」に収録された安藤礼二さんの『四次元の塔―「太陽の塔」論』で

”太郎は、ルロワ=グーラン的「古代」とレビィ=ストロース的「未開」を一つに重ね合わせることになった”岡本太郎の縄文土器論が太陽の塔の中核にある

と示唆。というわけで、私の中で「なぜお面を集めたのか」という疑問の答えが見つかるのはもう少し先。
故郷・岐阜にも岡本太郎のモニュメントがあり、幼いころからよく見て育った。大阪万博の18年後1988年に岐阜で開催された地方博「未来博」の際に建てられた未来を拓く塔は太陽の塔に比べとても小さい。それでも未来博は田舎で公務員の家に育った小4の私が唯一肌で感じたバブル景気だった。
モニュメント紹介|岐阜メモリアルセンター

<参考>
予約方法|太陽の塔スペシャルサイト
※現在当日入場は不可。4か月先まで予約が可能です。予約時間の20分前から受付ができ、受け付け次第入場できます。