「林夏子のはてしないお茶物語」サイトをオープンしました

サイトをオープンしました

 

林夏子のはてしないお茶物語   https://www.hateshinai-ocha-monogatari.com/

「林夏子のはてしないお茶物語」というサイトをオープンしました。ご覧になると分かるのですが、自分の名前を冠して自分の顔写真付きのサイトで、「どんだけやねん、自分」と自分に自分でツッコミを入れたい気持ちです…が、皆さんからのアドバイスに基づいて製作しておりまして、何卒ご了承ください。オープンに至った経緯はサイトの方にも記載していますが、思いをすべて書いたら「おもいがおもっっ」というありがたいご助言を受け、、とはいえ、サイトのイメージもありますし、赤裸々にはこちらへ書かせていただくことにしました。

静岡のお茶畑と実家の柿畑

茶価の低迷による経営の圧迫、農家の高齢化や後継者不足、遊休茶園の増加など。今、茶業界は明るい話題ばかりではありません。しかし、信念をもって高品質の茶葉の生産を続ける茶園と茶問屋の取り組み、遊休茶園を取得し地域を再生させようと奮闘する若い農家さんにも出会いました。お茶は静岡の文化であり、富士山と並び東海道新幹線の車窓から見える美しい茶園は誰もが知る静岡のアイデンティティです。反面、農家にとって茶は生きる糧です。代々受け継いだ茶園を廃園したくて廃園にする方は一人もいないはずです。後継者がいないといわれる茶業ですが、茶業で安定した収入が得られなければ茶園を諦めて会社員として安定した給料をもらえる仕事を選んだとしても誰にも責められることではありません。また、静岡の茶園の多くは急傾斜の山間地に作られています。作業は想像を絶する重労働です。しかし、茶園が無くなれば中山間地区で生活する人の生活が守れません。私自身、岐阜市山間部の富有柿畑で農作業をする祖父をみて育ちました。祖父の作る甘くて大きくて美味しい柿が大好きでした。でも我が家でも跡を継ぐ者はおらず、おじいちゃんがいなくなって、あの柿は食べられなくなりました。そのような経験もあり、中山間地で作られるこの素晴らしいお茶が世の中からなくなってしまったら、そう思うといても立ってもいられない気持ちになりました。

 

はてしないお茶物語

傾斜の厳しい山奥の小さな茶園でご夫婦が一生をかけて、ささやかな人生の結晶として、それこそ子供を育てるようにして作ったようなお茶が以前では信じられないような安い価格で売られていく。採算が合わなくなり、一昔前にはあんなに輝いていた茶園が世の中から忘れられていく。時代は移り変わるものです。茶業も変わっていかねばならないのでしょう。それはそれとして、お茶づくりに命をかけている方々の情熱とお茶の美味しさを一人でも多くの人に伝えられたら。また、私自身もこの世界を知ったばかり。もっと多くのお茶に出会い、お茶の世界の広さや深みを覗いてみたいと願っています。

茶園には「むかしむかし」からはじまる物語があります。100年以上前、静岡のとある農家でおじいちゃんが植えたお茶の木。おばあちゃんがおじいちゃんに嫁いで、お父さんが生まれてお母さんが嫁いできて、今、目の前で私に話を聞かせてくれている男性が生まれ、男性はお父さんがおじいちゃんから教わった方法でやはりお茶の作り方を教わり、いつしか自分のやり方で茶を作っている。そんな風にずっと続いていく、そこに茶園がある限りずっと続く、はてしない物語。そんな物語を知っていただけたらと思い、サイトを立ち上げました。読んでくださった方のうちの一人でも多くの方が奥深いお茶の世界に触れるきっかけになれたらとても嬉しいです。

なぜ今なのか

サイトについては静岡を離れてからずっと企画を練っていたのですが、6月の地震、7月の豪雨、8月の台風と天災が続き、命の保証はどこにもないと実感しました。ならば今行動しよう、と決め、8月の夏休みに静岡で取材を行いました。今年に入り岐阜の義父が闘病中で、夏休みくらいは遠方に住んでいてなかなか会いに行けない義父のそばにずっといてあげるべきなのではないか、と取材予定日の前日まで悩みました。それでも義父の病気の原因が喫煙習慣によるものが大きく、「ほっと一服」がその半分でもタバコでなくてお茶だったら、と思わずにはいられませんでした。美容や健康という面からもお茶のある生活を発信していきたいと思います。

最後になりましたが、多くの方にたくさんのご助言をいただきましたこと、心からお礼申し上げるとともに、サイトのDNAとして生かしていきたいと思います。
(中でも家族旅行前に企画書を丁寧に添削してくださったSさんには心より感謝しております。)まだまだこれからですが、楽しんでいただけるコンテンツを作れるよう、努力していきます。忌憚のないアドバイスをよろしくお願いいたします。